お城旅行記

お城旅行記と銘打ってるけど色々話したい

東京お散歩①

こないだある映画見に行ったんですよ。これです。


映画「祈りの幕が下りる時」公式サイトより

この映画、日本橋警察署に赴任している、阿部寛さん演じる加賀恭一郎が事件を解決していく「新参者シリーズ」の最新作かつ最終作なんです。そしてこの映画では東京にかかる橋がキーポイントになるのです。

この映画見た時私はこう思いました
「次は"これ"だな…」と

ということで東京に架かる橋巡りを徒然なるままに行ってきました。題名に東京お散歩①としたのは今後また別の場所お散歩するかもしれないので番号を降らせてもらってます。もしかしたらしないかもしれないし。

また、今回はこのアプリも同時活用したいと思います。

このアプリ、なんと江戸時代の古地図と今の地図とを比べることができ、大名屋敷の位置がわかる神アプリなんですよ

というわけで今回はこのアプリとともに東京めぐりしたいと思います。


起点は東京駅、八重洲北口からです。
ちなみにここ、昔は呉服橋が架かっていたんだとか。外堀にかかる橋で埋め立て時に撤去されたようです
ここから少し歩くと一つ目の橋、常盤橋に着きます

元は江戸城から浅草に向かう通りをつなぐ橋として作られました。日本橋ができるまではここが江戸の交通の中心であったという説もあるそうです。この橋を渡りきると日本銀行が現れます。

ここであのアプリを起動してみるとこんな地図が。

昔日銀のある場所は金座があったことがわかります。金座とは、江戸幕府による金貨の鋳造、鑑定を行った組織です。
その向かいには貨幣博物館もあります。かなり見応えのある展示があるので是非立ち寄ってみてください。

この日銀からほど近くに二つ目の橋があります
一石橋です

往時の写真がパネルになっています
首都高が通っていない頃の姿ですが、アーチ部分の石積みが特徴なんだとか。

また、江戸から明治にかけてこの辺りはかなりの繁華街だったらしく、迷い子のしるべと呼ばれる今で言うところの掲示板に近い仕組みが作られ、迷い子の保護、尋ね人探しが行われたそうです。

一石橋から川沿いに進むと次に見える橋は皆さんご存知日本橋

堂々たる麒麟の像もあります。
ここ日本橋が日本のスタート地点。全ての街道がここに通じると言われた江戸交通の中心地です。
ここ日本橋は交通とともに生鮮市場としてもな機能したらしく大変賑やかだったとか。

ここから各都市への距離なども表されています。日本の道の出発点としてかなり力を入れてアピールされています。

ちなみに日本橋の下側には関東大震災による焼け跡が今も残っているのだとか。歴史の遺産としても貴重な橋です。
例のアプリで見る日本橋。河岸が設けられているのがわかります。

次に向かう橋はここ、江戸橋

めちゃくちゃだだっ広い橋です。正直この橋、解説もなく普通の橋なのですがこのすぐ横には戦闘民族の集まりとして就活生から畏怖の目で見られる野◯證券のビルがあり、そしてその向かいには郵便局があります。

で、その郵便局がただの郵便局ではなく、日本の郵便制度の発祥の地なのです


しっかり銅像にされて顕彰されているこの前島密と言う人が日本の郵便制度を整えました。ちなみに"郵便"とか"切手"の名称を定めたのもこの人。


そして今の◯村證券、郵便局があった土地は蔵屋敷などがあったそうです。

よっしゃサクサク進むぞ次の橋に向かう途中、こんな神社を見つけました。

兜神社です。東京証券取引所が設立された時にこの神社が作られたのでかなり歴史が浅い神社。


境内にあるこの兜岩は、源義家がこの岩に兜をかけ、後三年合戦での戦勝祈願を行ったことに因んでいるらしく、兜町の地名もこの逸話から取られてるそうです。

この源義家ですが、源氏中興の祖といわれ、徳川家康の家の字は義家の家からとったものとする説もあります。後三年合戦は奥州藤原氏誕生のきっかけになった合戦です。

この兜神社を少し進むと日本取引所があります
そして鎧橋が出てきます。

かつてこの辺りには大河があり、先程出てきた源義家が川を渡ろうとしたところ暴風雨で進むことが出来ず、鎧を投じたところ暴風が止んだことで渡ることができたという伝説があります。新田義貞の鎌倉攻めのような話ですがどこまで本当なのかわかりません。


証券取引所の土地は昔丹後田辺藩、牧野氏の屋敷だったみたい。

次に出てきたのは茅場橋。
ここは昔なんだったのかと言うと…

なんと橋がない。この橋、関東大震災の復興計画の一環で作られたそうなので江戸時代には存在しませんでした。

気を取り直して川に沿って進んでいくと徐々に建物の高さも低くなり落ち着いた雰囲気の街並みになっていきました


水門がありました。かっこええ

この水門の先に湊橋があります

このあたりに来てやっと橋の写真の撮り方を学んできました。これまでの写真のアングルを修正したくなる衝動にかられてました。

文字がすり減っていて読みにくいですが、この辺りは江戸と関西を結んだ樽廻船が止まり文字通り港として機能していたらしく、もともと島だった対岸とを結ぶために作られたものだそうです。


この橋の近くには御三卿の田安家や老中久世広周の屋敷があったそうです。

結構ここまで歩いて来まして、次が日本橋界隈にある最後の橋、豊海橋です。

この橋、絶賛工事中で説明板が読めませんでした。

隅田川に繋がるこの地点はかなり拓けて眺めがいいです。スカイツリーも見えます。

この豊海橋の近くには永代橋がかかっており、門前仲町駅まで歩きます

永代橋関東大震災をキッカケに架け直された橋だそうで筋骨隆々な男性をイメージして作られたそうです。

この橋を渡って少し進むと史跡が二つ出てきます。

佐久間象山邸宅、渋沢栄一邸宅跡です。
この二つは偶然たまたま見つけたもので、まさかこんなところにあるとは思いませんでした。

このような思いがけない発見が町歩きの醍醐味でもあります。

門前仲町駅から地下鉄で勝どき駅へ。
本日最後の橋はこちら。

勝鬨橋です。
この橋、実は日本に現存する数少ない可動橋で、跳ね橋として利用されていました。今はもうロックされており稼働はしません。個人的に興味があって敢えてこの橋も工程に加えました。

信号室もちゃんとあります。


なかなか勇壮な橋です。稼働して開くつなぎ目の部分はガタガタ揺れてスリルがありました。

この勝鬨橋、1954年公開のゴジラで、ひっくり返されるんですよね。ゴジラの力の強さを見せつけるシーンとなっております。

というわけでこれで橋巡りは終了!!

【まとめ】
東京って橋が多い。
江戸城の外堀だったり埋め立てによる影響で土地が分断され橋をかける必要が出て来たからだと思う。それぞれの橋でいろんな逸話や当時の姿を想像することができ、当時の人たちの往来を今に伝えてくれます。

橋は相互に離れている土地を結んで交流を促すもの。この橋がかかることで物流が活発になり江戸東京の経済に寄与していることは間違いありません。

今回お散歩してて、多くの工事中の橋を見かけました。江戸時代から何度も補修かけ直しを行われていたのでしょう。その橋が数百年経った今も活躍してるのかと思うと歴史のロマンを感じますし、その橋にまつわる歴史や周囲の土地のルーツを知ることができたのが今回のお散歩の最大の収穫でした。

おわり